
『CORS(クロス)補聴システム』という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
CROSとは、「Contralateral Routing of Signal」の略で、日本語に直訳すると、「信号を反対側に伝達する」という意味になります。
文字通り、「一方の耳につけたCROS送信器」から「反対側の耳につけた受信器(補聴器)」に音を送ることで、片耳が聞こえていない人や聞こえにくくなっている人の聞こえ方の改善を図る補聴システムです。
一般的には、”CROS(クロス)補聴器”などと呼ばれるケースもあるようですが、このCROSと呼ばれる機械自体に補聴の機能はなく、また使用するのは「片耳が全く聞こえない場合や、ほとんど聞こえない場合」なので、一般的な補聴器とは目的が少々異なります。
片側の耳が聞こえないと、会議や集まりでの聞き逃しや聞き間違い、呼びかけに気づかないなど、日常生活の中でさまざまな問題が起こる恐れがあります。CROS補聴システムは、そうした状況を改善するために使用される製品です。
この記事では、対象となる人、効果を発揮する場面、通常の補聴器との違いから、デメリットや注意するポイントまで、情報が少ないCROS補聴システムについて深く掘り下げて解説しています。
目次
1 CROS補聴システムとは?
片耳が聞こえていない人や聞こえにくくなっている人の聞こえの改善を図る補聴システムを、CROS補聴システムといいます。
CROS補聴システムは、「CROS送信器と受信器をセットで使用する」ことで機能します。
一般的に「CROS(クロス)補聴器」と呼ばれているのは、CROS補聴システムやCROS送信器のことになります。
1-1 どんな人が使う?
CROS補聴システムは、片耳が全く聞こえない人や、片耳の聴力が極端に低下している人が使用します。重要なポイントは、もう片方の耳は正常、または極端に聴力が低下してはいないということです。
こうした片耳だけの聴力が著しく低下している難聴は、「片耳難聴」、「一側性難聴」、「一側聾」と呼ばれます。原因は、突発性難聴、外耳や中耳の病気、メニエール病や内耳のウイルス感染、頭部や耳への外傷など、さまざまなものが考えられます。
両耳の聴力や聞こえ方の状態によっては、CROS補聴システムではなく通常の補聴器を使用した方が聞こえの改善が期待できるケースもあるので、CROS補聴システムを検討する場合には、まず耳鼻科を受診し、専門医の判断に従うようにしましょう。

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1-2 どうやって使用する?
CROS補聴システムは、CROS送信器と受信器となる補聴器をセットで使用します。
CROS送信器単体では使用できないので注意が必要です。
1-3 おおよその価格は?
CROS送信器には機能差はほとんどないので、どのメーカーの製品も価格相場は10万円前後です。
一方で、受信器となる補聴器の価格は、その性能や機能によって大きく開きがあり、片耳で5万円~50万円程度になります。
すでに補聴器(CROS対応)を使用している場合は、必要になるのはCROS送信器の購入費用だけですが、補聴器を持っていない場合は、CROS送信器と補聴器を両方購入する必要があります。
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2 CROS補聴システムの仕組み
それでは、CROS(クロス)補聴システムはどのような仕組みで機能し、片耳が聞こえにくくなっている人の聞こえの改善を図るのでしょうか。
2-1 悪い側の耳の方からの音をCROS送信器が集める
片耳難聴の場合、どうしても悪い側の耳の方から聞こえる音声を聞き取ることが困難になります。
CROS補聴システムでは、悪い側の耳にCROS送信器をつけます。このCROS送信器のマイクで悪い側の耳の方から聞こえる音を集めます。
2-2 CROS送信器で集めた音の信号を補聴器に転送する
CROS送信器のマイクで集められた音の信号は、ワイヤレス通信技術によって、瞬時に反対側の耳に装着された受信器である補聴器に送信されます。

2-3 補聴器で音声を再生する
良い側の耳に装着した補聴器が、悪い側の耳につけたCROS送信器から送られた音声も合わせて再生します。
CROS補聴システムを使用することで、片耳が聞こえない状態でも、ユーザーは両側からの音を良い側の耳で聞くことができるようになります。
3 CROS補聴器の種類と見た目
CROS(クロス)送信器の外観は、一般的な補聴器と大きく変わりません。
形状としては、耳に掛ける耳かけ型と耳穴に入れる耳あな型の2つに大別することができます。それぞれの特徴は以下の通りです。
3-1 耳かけ型
CROS送信器で一般的なのは耳かけ型です。特徴としては、取り扱いのしやすさ、こもり感の少なさ(使用する耳せんの種類による)、送信する音の音量を調節することができる(ボリューム付の場合)、電池寿命が長い(使用電池による)などがあります。
また、コンパクトなRICタイプであれば、髪の毛に隠れてほとんどつけていることがわかりません。カラーバリエーションが豊富なのも大きな特徴です。メーカーによって耳かけ型にもさまざまなモデルがあります。
3-2 耳あな型
一部のメーカーでは、耳あな型のCROS送信器をラインナップしています。
耳穴に収まって目立ちにくく、耳穴の形に合わせて作成するため耳にぴったりフィットするという特徴があります。また、眼鏡やマスクをつけている時でも気になりません。
3-3 受信器となる補聴器の種類
受信器となる補聴器は、CROS送信器以上にさまざまな器種がラインナップされています。
良い側の耳(補聴器をつける耳)の聴力や聞こえ方の状態を踏まえて、ライフスタイルや好みで自分に合った器種を選ぶことになります。
ただし、受信器となる補聴器がCROSシステムに対応している器種でないと、送信器からの音声信号を受信することができないので、必ずCROS対応の補聴器を選ぶようにしてください。
CROS対応かどうかは外見だけでは見分けがつかないので、補聴器店で確認するようにしましょう。
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4 日常生活でのCROS補聴システムのメリット
両側からの音がしっかり聞き取れないと、日常生活の中で不便を感じることが多くなります。
また、危険を回避することが難しくなる恐れもあります。
CROS(クロス)補聴システムを使って左右両方の音を聞き取ることで、片耳難聴の人でも毎日をより快適に送ることができるようになります。
4-1 複数人での会議や集まりでも聞き取りやすい
複数の人が参加している会議や集まりでは、片耳難聴だと悪い側の耳の方にいる人の声の聞き取りが困難になるため、どうしてもスムーズに会話をすることが難しくなってしまいます。
CROS補聴システムを活用することで、左右両方にいる人の声を聞くことができるようになるため、会話の流れについていきやすくなります。

4-2 悪い側の耳の方からの呼びかけに気づくことができる
片耳難聴の場合、悪い側の耳の方から声をかけられると気がつかないケースがあります。
CROS補聴システムで聞こえる方の耳に音声を転送することで、聞こえにくかった呼びかけの声を聞くことができるようになるので、コミュニケーションがスムーズになります。

4-3 日常生活での危険を回避しやすくなる
悪い側の耳の方から接近する車の音やクラクション、自転車のベルなどにも気づくことができるので、日常生活での危険を未然に回避しやすくなります。
また、お知らせのアナウンスなど聞き逃すことができない重要な音にも気がつきやすくなります。

4-4 横並びでの会話もしっかり聞き取れる
左右両側からの声を聞き取ることができるようになるので、車やバスの中など、会話相手と横並びになってしまう場面でも、並ぶ位置を気にする必要はありません。

4-5 家の中でも聞き逃したくない音をしっかり
インターフォンの音や電子レンジの音、目覚ましのアラームなど、家の中で聞き逃したくない音もしっかり聞くことができます。

5 CROS送信器と通常の補聴器の違い
これまで説明したようにCROS(クロス)送信器は、外観だけを見ると通常の補聴器と違いがありませんが、その機能や役割は大きく異なります。具体的な違いを説明します。
CROS送信器 | 補聴器 | |
目的 | 悪い側の耳の方からの音を良い側の耳につけた補聴器に送信するために使う | 低下した聴力を補い、聞こえにくくなっている音を聞きやすくするために使う |
機能 | 集めた音声信号を転送する機能のみで、音声信号の加工処理はできない | 使用する人の聴力や聞こえ方、周囲の環境に合わせて、音声信号を加工処理して会話を聞きやすくする |
使用方法 | 受信器となる補聴器と組み合わせて使用する | 両耳で装用することが推奨されるが、片耳のみでの使用も可能(聴力や聞こえ方の状態による) |
価格帯 |
※補聴器には消費税がかかりませんが、CROS送信器はアクセサリーという扱いになるため、消費税がかかるので注意が必要です |
性能や搭載機能によって価格差が大きく、片耳で5万円~50万円 |
6 CROS補聴システムの注意点とデメリット
片耳難聴の人の聞こえを改善する上でCROS(クロス)補聴システムは非常に有効ですが、一方でデメリットと感じる点や注意しておいた方がいいポイントもあるので、検討の前に知っておくようにしましょう。
6-1 悪い側の耳の聴力を補う訳ではない
CROS送信器には、音声を集めて反対側の受信器(補聴器)に送信する機能しかないため、CROS送信器をつけた悪い側の耳の聴力や聞こえを改善することはできません。
6-2 音の方向が把握しやすくなる訳ではない
悪い側の耳の方からの音を反対の良い側の耳で聞く、つまり左右両側からの音を一方の耳で聞くことになるため、聞こえてきた音がどこで発生しているのかを明確に把握することは難しいといえます。
6-3 負担や不快感の恐れ
CROS送信器と補聴器を両耳につけることになるので、不快感や違和感を覚える恐れがあります。
6-4 費用の負担が大きくなる
CROS送信器と受信器となる補聴器をセットで使用することが前提となるため、購入費が大きくなる。
7 CROS補聴システムの選び方
具体的に、CROS(クロス)送信器と受信器である補聴器を選ぶ上でのポイントを説明します。通常の補聴器の選び方とは異なる点もあるので、注意してください。
7-1 CROS送信器の選び方
CROS送信器には、補聴器のように音声信号を加工処理する機能はありません。
基本的には音を集めて送信する機能に優劣はないため、メーカーによる性能・機能差もそれほどありません。価格の差も大きくないので、CROS送信器は形状や見た目、使い勝手などで選ぶといいでしょう。
7-2 受信器となる送信器の選び方
受信器としてどんな補聴器を選ぶかということについては、良い側の耳(補聴器をつける耳)の聴力や聞こえ方の状態によって大きく変わってきます。
良い側の耳の聴力が正常であれば、補聴器の役割は送信器から送られる音を受信し再生するだけになるため、高い性能や最新の機能は必要ありません。
一方、良い側の耳にも難聴がある場合は、補聴器によって聞こえを改善する必要があるため、必要な性能と機能を備えた補聴器を選ばなければなりません。
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8 CROS(クロス)とBiCROS(バイクロス)
受信器となる補聴器を選ぶ際にも関係するのですが、CROS(クロス)補聴システムについての説明の中に、「CROS(クロス)」と「BiCROS(バイクロス)」という言葉が出てくることがあります。
目的や仕組みは同じですが、聞こえている側の耳に難聴があるかどうかの違いを指す用語で、装用する補聴器の役割や機能に大きく関係してきます。
8-1 CROS(クロス)
良い側の耳の聴力が正常な場合をCROS(クロス)といいます。
聞こえている耳につける補聴器は、CROS送信器から送られる音声信号を受信しそのまま再生します。きこえている耳側の音は、穴が開いている耳栓を通して聞きます。
補聴CROS送信機から受信した音声信号をただ再生すればいいだけなので、高い性能や多くの機能は求められません。

8-2 BiCROS(バイクロス)
良い側の耳にも難聴がある場合は、BiCROS(バイクロス)といいます。
補聴器は、CROS送信器から送られる音と、補聴器自身がとらえた音を一緒にし、その人の聞こえ方に合わせて増幅・音声処理した上で、音を再生します。
従って、補聴器をつける耳の状態によっては高性能、多機能な器種でないと効果が得られないこともあります。

9 CROS補聴システムにかかる費用
すでに説明しているように、CROS(クロス)補聴システムは、CROS送信器と補聴器をセットで使用する必要があります。(すでにCROS対応の補聴器を持っている場合は、CROS送信器だけを購入すれば問題ありません)
9-1 CROS送信器にかかる費用
CROS送信器に必要なのは、マイクで集めた音を反対側の補聴器に送信するだけなので、それほど高額にはなりません。
メーカーや器種による性能差や価格差も少なく、10万円前後がメインの価格帯になります。
9-2 受信器である補聴器にかかる費用
一方で、受信器である補聴器の価格は、求められる性能や機能によって大きく変わります。
良い側の耳の聴力が正常である場合は、高性能で多機能な補聴器を使用する必要はありません。そうした場合は、5万円から15万円のエントリークラスの補聴器で充分だと言えます。
ただし、良い側の耳にも難聴がある場合には、難聴を改善できるような機能を搭載した補聴器を選ぶ必要があります。そうなると、15万円以上のミドルクラスよりも上のクラスの補聴器がおすすめになってきます。
受信器となる補聴器については、耳鼻科で診断を受けた上で聞こえをサポートできる最適な補聴器を選ぶようにしましょう。
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10 CROS補聴システムを安く購入する方法
CROS(クロス)補聴システムでは、CROS送信器と補聴器をセットで使用するため、どうしても費用がかさみがちです。少しでも費用を抑えるための方法を紹介します。
10-1 公的助成や補助金を利用して補聴器を購入する
CROS送信器は補聴器ではないため、購入に際して補助金等の公的助成の適用を受けることはできません。
ただし、受信器となる補聴器を購入する際には、公的助成を受けることができる場合があります。
障害者総合支援法には、難聴の程度が身体障害者障害程度等級のいずれかに該当した場合には、各市区町村の福祉課へ申請手続きをすることで、補聴器などの補装具の費用が支給される制度があります。
また、国の制度以外にも各自治体が独自で行っている助成制度もありますが、内容は自治体によって変わるようです。
助成を受けるための条件や手続きのための書類の手配等があるので、いずれにしても、お住まいの市区町村の「福祉課窓口」に補聴器の公的助成について問い合わせることをおすすめします。
10-2 できるだけ機能を絞った補聴器を選ぶ
CROS補聴システムにかかる費用のところでも説明したように、購入費用の額を大きく左右するのは受信器となる補聴器の金額です。
良い側の耳が正常であれば、価格の安い補聴器でも効果が期待できます。
良い側の耳にも難聴がある場合には、ある程度の性能と機能を備えた補聴器を購入する必要がありますが、聞こえの状態の改善が期待できる最低限の機能を備えた補聴器を選ぶことで、少しでも価格を抑えることができるでしょう。
いずれにしても、耳鼻科の診察を受けて両方の耳の聴力や聞こえの状態を正確に把握し、解決のためのアドバイスを受けるようにしてください。
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11 代表的なCROS送信器
いくつかのメーカーがさまざまなタイプのCROS(クロス)送信器を発売しています。ここでは代表的なものを紹介します。
シグニア

ワイデックス

12 CROS補聴システムQ&A
Q:CROS補聴システムは試すことができるのでしょうか?また、レンタルは可能でしょうか?
A:補聴器と同様、CROS送信器の貸出を行っている補聴器店もあるようです。貸出の期間や費用はお店によって異なるようです。ただし、一定額を支払って継続してレンタルするというサービスではなく、あくまで購入を前提としたお試しのための貸出となるケースが多いようです。
また、CROS送信器はそれほど豊富な種類がある訳ではないので、貸出用の送信器がお店にない可能性もあります。レンタルサービスを行っているかどうかも含めて、補聴器店に問い合わせるといいでしょう。