「聞き間違いが多くなった」「テレビの音を大きくするようになった」…。なんとなく以前に比べて聞こえにくくなってきた気はするけど、生活に大きな支障もないし、病気っていう訳でもないから、と、そのままにしてしまっていませんか?
聴力の低下は徐々に進行するのが一般的で、自分ではなかなか気が付きにくいため、自分の聞こえにくさについて深刻に考えていない人がほとんどです。
しかし、難聴を甘く見てはいけません。聴力低下は「重大な病気の兆候」である可能性や、「認知症」などの思わぬ問題を引き起こす恐れもあるのです。
自分の聴力について少しでも気になることがあったら、自分だけで勝手な判断をすることは禁物です。特に、症状によっては一刻も早い治療、対応が必要な場合もあります。できるだけ早く専門家である耳鼻科の診察を受けるようにしましょう。
目次
1 軽視は禁物。耳鼻科に相談した方がいい理由
「少しくらい聞こえなくても特に問題ないよ」「もっと悪くなったら医者に行けばいいや」…。
いいえ、難聴の兆候を軽視してはいけません。
聞こえにくさに気づいたら、まず耳鼻科に相談することをおすすめする理由を解説します。
1-1 重大な病気の兆候かもしれないから
聴力の低下という症状が、治療が遅れると回復が難しい難聴である場合や、何か他の病気の兆候である場合も少なくありません。
難聴の種類や病気によっては、一刻も早い治療が必要なものもあります。
特に、以下のような症状がある場合は、できるだけ速やかに耳鼻科を受診するようにしてください。
- 耳の手術を受けたことがある
- 最近 3 ヶ月以内に耳漏があった
- 最近 2 ヶ月以内に聴力が低下した
- 最近 1 ヶ月以内に急に耳鳴りが大きくなった
- 外耳道に痛みまたは、かゆみがある
- 耳あかが多くたまっている
- 聴力測定の結果、平均聴力の左右差が 25dB 以上ある
- 聴力測定の結果、500、1,000、2,000Hz の聴力に 20dB 以上の気骨導差がある
大切なのは、耳鼻科で診察を受けて自分の状態を正解に把握し、医師の指示に従って治療を行うことです。以下、具体的に聴力の低下を伴う病気の症状とその治療方法を紹介します。
突発性難聴
概要 |
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原因 |
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症状 |
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治療 |
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聴神経腫瘍
概要 |
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原因 |
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症状 |
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治療 |
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中耳炎
概要 |
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原因 |
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症状 |
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治療 |
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メニエール病
概要 |
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原因 |
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症状 |
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治療 |
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ここで紹介した以外にも、一刻も早い治療が必要な難聴や、聴力の低下が症状として現れる病気があります。
大切なことは、少しでも「聞こえにくい」と感じたら、すぐに耳鼻科の診察を受けて、適切な治療を行うことです。
出典:聴力低下を生じるその他の原因 | ゆげ耳鼻咽喉科
出典:耳が聞こえにくい場合の疾患と治療法とは? | こにし耳鼻咽喉科
1-2 難聴をそのままにすると認知症のリスクがあるから
二つ目の理由は、難聴を放置すると認知症のリスクが高まってしまうからです。
最近、テレビやネットニュースなどさまざまなところで難聴が認知症に及ぼす影響が取り上げられています。
2017年7月に、国際アルツハイマー病会議(AAIC)において、ランセット国際委員会が「難聴」は「高血圧」「肥満」「糖尿病」などとともに認知症の危険因子の一つであるとしました。さらに2020年には、「予防可能な40%の12の要因の中で、難聴は認知症の最も大きな危険因子である」という指摘がなされ、難聴と認知症の関係が注目されるようになりました。
また、厚生労働省が2025年1月に策定した「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」の中で、認知症の危険因子として、加齢、遺伝性のもの、高血圧、糖尿病、喫煙などとともに難聴が明記されています。
近年の国内外の研究によって、難聴のために音の刺激や脳に伝えられる情報量が少ない状態にさらされると、脳の萎縮や神経細胞の弱まりが進み、それが認知症の発症に大きく影響することが明らかになってきました。
また、難聴のためにコミュニケーションがうまくいかなくなると、人との会話をつい避けるようになってしまいます。
そうすると、次第に抑うつ状態に陥ったり、社会的に孤立してしまったりという危険もあります。
聞こえにくい状態を放置すると必ずしも認知症やうつ病を発症する訳ではありませんが、認知症のリスクを高めないためにも、「聞こえにくい」状態を放置しておかないことが大切です。
出典:難聴によって認知症のリスクが高くなる!? | 一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
出典:認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)
1-3 脳が難聴に慣れてしまうと改善が難しくなるから
脳が「聞こえていない」状態に慣れてしまうと、補聴器などによる難聴の改善が難しくなったり、時間がかかってしまったりします。
音は外耳、中耳、内耳を経て聴神経から大脳に伝わり、大脳で「音」として認識されます。つまり、我々は、耳から入ってくるさまざまな音を、脳で言葉や意味のある音として理解しているということになります。
この仕組みは非常に複雑で全て解明されている訳ではありませんが、我々の脳は、これまで入ってきたさまざまな音や声の情報を蓄積しながら、そのデータを元に、現在聞いている音が何の音なのか、誰の声なのか、何を話しているのかなどを判断していると考えられています。
加齢性難聴などが原因で、脳に届くはずの音の情報が不足してしまうと、脳は正確な分析や判断を下すことが難しくなってしまいます。
さらに、脳が「入ってくる音声情報が少ない」状態に慣れてしまうと、補聴器によって難聴を改善することが困難になったり、改善に時間がかかったりする場合があります。
補聴器を装用する場合はできるだけ早くと言われるのはこのためです。
できるだけ早く耳鼻科の診察を受け、有効な対策を講じることが重要です。脳が難聴に慣れてしまう前に補聴器を使用して脳に十分な音声情報を届けることが、聞こえの改善につながります。
出典:音を聴く聴覚の仕組み 日本音響学会誌 66巻9号
出典:音は脳で聞いている – “聞こえる”プロジェクト
2 耳鼻科ではどんなことを行う?
それでは、耳鼻科に行ったらどんなことを行うのでしょうか。
まずは、聴力や耳の状態を調べた上で難聴の有無、種類などを診断します。
その結果に基づいて、適切な治療を行いますが、治療にもさまざまな種類があります。また、難聴によっては医学的な治療が難しいものもあるので、その場合は、補聴器の装用によって状態の改善を図るようにします。
2-1 聴力検査で状態を正確に把握
一言で「聞こえにくい」といってもさまざまな原因が考えられます。また、音を伝える過程の中でどの器官に障害が発生しているのかを把握する必要があります。さらに、単独の障害だけなく、2つ、ないしは3つ同時に障害が発生している場合もあるのです。
正確な診断を下していろいろな治療法を選択するために、いくつかのの検査をする必要があります。
標準純音聴力検査
どの周波数帯の音が聞こえにくくなっているのかを調べる検査です。一般的に耳鼻科で「聴力検査」という場合は、この標準純音聴力検査になります。
ヘッドホンを両耳にあて、125ヘルツから8,000ヘルツまでの、高さの異なる7種類の音の聞こえ方を調べます(気導の検査)。左右別々に検査を行い、聞こえる最も小さな音の大きさを調べます。この検査を行うことによって、難聴があるかどうか、および難聴の程度がわかります。
純音聴力検査には骨導の検査も重要です。骨導検査は、骨導受話器を耳の後ろにあて、皮膚を通して直接骨に音の振動を与えて、内耳の蝸牛を刺激します。
骨導の検査では、蝸牛より前の経路を飛ばして、直接蝸牛に音の刺激を与えるので、蝸牛より後ろの経路、蝸牛や聴神経に障害があるかが判ります。
語音聴力検査
語音聴力検査では、日常会話で使われる語音、「ア」や「イ」などの語音が使われます。検査語音がどの程度の音の大きさで何%正しく聞こえるかを調べる検査です。
外耳道、鼓膜、耳小骨などに異常がある場合(伝音難聴)は、音さえ大きければほとんど100%言葉を聞き取ることができます。
蝸牛やそれより後の経路に異常がある場合(感音難聴)では、ことばの聞き取りが100%にならないことがあります。
自記聴力検査
自記聴力検査ではヘッドホンを耳にあて、大きくなったり小さくなったりする音を聞きます。
ヘッドホンから音が聞こえたらボタンを押します。ボタンを押していると次第に音が小さくなるので、音が聞こえなくなったらボタンを放します。
この検査の記録の型から、「内耳性難聴」か「後迷路性難聴」かの判断ができます。
SISI検査
SISI検査は、ヘッドホンから一定の間隔で10回音を聞いてもらい、音が大きくなったことに気づいたら知らせてもらいます。10回のうち何回気づいたかを%で表わします。内耳性難聴ではこの値がほとんど100%に近くになります。
出典:きこえの検査 | 検査と治療について | 耳鼻咽喉科専門 医療法人 神尾記念病院
2-2 難聴の診断と治療
このようなさまざまな聴力検査を元に、難聴であるかどうか、難聴の種類、難聴の程度を診断します。
難聴の診断は耳鼻科の専門医が行いますので、自分の推測だけで判断しないようにしましょう。
耳鼻科の診断結果に基づいて、その難聴の症状や種類に応じた最適な治療を行います。
難聴の治療方法は多岐に渡るので、専門医と相談しながら進めるようにしましょう。
3 治療が可能な難聴と難しい難聴
難聴にはさまざまな種類がありますが、難聴によっては、医学的な治療が可能なものがあります。
一方で残念ながら医学的には治療が難しい難聴もあります。
医学的な治療が困難な難聴でも、補聴器によって改善が期待できるケースがあります。
3-1 医学的な治療が可能な難聴と治療方法
難聴の中で医学的な治療が可能とされているものは、外耳から中耳にかけての伝音器の障害によって発生する難聴になります。
中耳炎や鼓膜の損傷、耳あかのつまりなどから起こるケースが多いため、薬物治療や手術などの医学的な治療によって改善を目指します。
突発性難聴 | 前触れなく突然聴力が低下する難聴。症状には個人差はあるが、早期の治療が重要
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中耳炎 | 鼓膜の奥にある中耳の炎症。耳の痛み、聞こえにくさ、発熱、耳漏などに加え、めまいや耳鳴りの症状も。悪化すると手術が必要な場合も
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耳垢栓塞 | 耳あかが溜まって外耳道(耳あな)をふさいでしまう状態。聞こえにくさや圧迫感を感じる。外耳炎を引き起こす場合も
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鼓膜穿孔 |
鼓膜が裂けたり破れたりした状態。聞こえにくくなるだけでなく、中耳の感染症の原因になることも
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出典:突発性難聴について | e-ヘルスネット(厚生労働省)
出典;鼓膜穿孔 (こまくせんこう)とは | 済生会
出典:耳垢栓塞(じこうせんそく) – 協愛医院
3-2 医学的な治療が難しい難聴
一方で、医学的な治療が困難とされている難聴は、内耳や聴神経といった感音器の障害が原因となって発生する難聴です。
例えば、加齢による聴力の低下や、長時間騒音にさらされていたことで起こる難聴など、いわゆる「感音難聴」は、一般的に医学的な治療や手術による聴力の改善は困難だとされています。
しかし、そのような難聴でも補聴器を装用することで聞こえ方を改善することが可能です。
ただし、先に説明したように、音が聞こえにくい状態=音声情報がしっかり脳に届いていない状態が長時間続くと、脳がその状態に慣らされてしまいます。
聞こえていない状態に慣れてしまってから補聴器を使い始めると、補聴器の音をうるさく感じて装用を諦めてしまったり、効果を実感するまでに時間がかかったりすることも少なくありません。
そのため、医学的な治療が難しいといわれる難聴の場合でも、できるだけ早めに有効な対策を取ることが大切になります。
4 補聴器の使用を考えているなら
医学的な治療が難しい難聴の場合でも、補聴器を装用することで改善が期待できます。
補聴器の使用も検討しているのであれば、耳鼻科の中でも補聴器について知識を持った「補聴器相談医」や、補聴器外来を併設している医療機関を選択することもおすすめします。
4-1 補聴器相談医について
補聴器相談医は、聞こえにくさを感じている人に対して、耳の状態を診察し聴力検査を行い、難聴の種類を診断してくれます。
医学的な治療が有効な難聴に対しては適切な治療を、治療が難しい難聴に対しては補聴器が必要なのかどうかを診断してくれます。(ここまでは、どの耳鼻科でも同様に行われます)
補聴器相談医はさらに、必要に応じて専門の補聴器販売店を紹介し、連携して患者に合った補聴器を選択のサポートを行います。
補聴器が適正に選択調整されているか、販売が適正に行われているかを判断し、疑問や問題があれば販売店を指導してくれます。
また、補聴器を選択した後も、聴力が悪くなっていかないか経過観察を行った上で、適切な補聴器の使い方の指導をしてくれます。
都道府県別の補聴器相談医の名簿が公開されているので、お近くの相談医を調べてみてください。
補聴器相談医名簿|一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
出典:補聴器相談医とは? | 一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
出典:補聴器相談医名簿|一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
4-2 補聴器外来について
耳鼻科の中には、補聴器の装用を前提とした「補聴器外来」を併設しているところもあります。
補聴器外来は、主に普通の声が聞き取りにくい中等度難聴から、大きな声でも聞き取りにくい高度難聴の方を対象にしています。補聴器が初めての人には、まず補聴器装用による効果の有無を判定し、効果があれば、補聴器のスムーズな装用に向けて最適な補聴器の選択、調整、装用指導を行ってくれます。
出典:補聴器外来 | 耳鼻咽喉科 頭頸部外科 京都大学医学部付属病院
4-3 補聴器の公的助成には耳鼻科からの書面の交付が必要
補聴器購入で自治体からの公的助成を受ける場合や、補聴器購入費用の医療費控除を申請する際は、耳鼻科で指定の書面を交付してもらう必要があります。
「障害者総合支援法」には、身体障害者障害程度等級のいずれかに該当した場合、各市区町村の福祉課へ申請手続きをすることで、補聴器の費用が支給される制度があります。
まずは身体障害者手帳を取得するために、お住まいの地区町村によって指定された判定医の診察・検査を受けて「手帳交付の意見書」を交付してもらいます。
さらに、補聴器の支給を受けるために、判定医に「補聴器支給の意見書」を交付してもらう必要があります。
身体障害者碍者手帳を持っていなくても、「医療費控除」を受けることができる方法があります。
医師等による診療や治療を受けるために補聴器が必要と認められる場合には、補聴器の購入費用が医療費控除の対象になります。この場合にも補聴器相談医の資格を持った耳鼻咽喉科を受診して必要な問診・検査を受け、補聴器が必要と証明された場合に作成される「補聴器適合に関する診療情報提供書」が必要になります。
このように、補聴器で聞こえ方の改善を目指す場合には、購入時に公的な助成を受けることが可能な場合があります。耳鼻科を選ぶ時には、難聴の診察や治療に限らず、補聴器についての知識を持っているかどうかもポイントになります。
出典:障害者総合支援法に基づく 補装具費支給制度 | 東京都心身障害者福祉センター
出典:補聴器の購入費用に係る医療費控除の取扱いについて | 国税庁
出典:補聴器購入者が医療費控除を受けるために | 一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
6 まとめ
- 少しでも「聞こえにくい」と感じたら、迷わず、できるだけ早く耳鼻科に相談すること
- 早急に治療が必要な難聴である場合や、重大な病気の兆候である可能性がある
- 難聴を放置したままにしておくと、認知症のリスクが高まる
- 聞こえにくい状態が長く続くと、補聴器での改善が難しい場合がある
- 耳鼻科で自分の聴力や耳の状態を正確に把握し、的確な治療を受けることが大切
- 聴力検査で難聴の有無や種類がわかる
- 難聴の種類に応じてさまざまな治療を行う
- 医学的な治療が可能な難聴と、難しい難聴がある
- 医学的な治療が可能な難聴には、薬物や手術などの治療を行う
- 医学的な治療が困難な難聴には、補聴器による改善の可能性を探る
- 補聴器を検討する場合にも、耳鼻科によるサポートが欠かせない
- 補聴器相談医、補聴器外来など、補聴器に詳しい耳鼻科が存在する
- 補聴器の公的助成を受ける際、耳鼻科からの書面交付等が必要になる